志布志市議会議長賞
自転車   鳥海 美幸
 私は今日も自転車を漕ぐ。毎日の通勤、買い物、それに通院
や銀行、市役所。どこへ行くにも相棒として大切な存在の電動
アシスト車である。昨年は2度目のタイヤ交換、点検もして貰
った。自転車に乗るようになったのは、15年前。運転免許が
失効した為である。
 元々、矯正しても視力の上がらない、原因不明の弱視であった。医師の診断通り、30歳を過ぎた頃から、矯正で〇.7が
限界となり、視力検査は勘で乗り切った。それからも徐々に進
行した為、次の更新に備え、評判の良い眼科医を回り手術も受
けた。
 しかし、視力は上がらず、免許更新はできず、40歳のとき
免許は失われた。私は車がないと生活できない地方に住んでいる。
 夫と離婚し2人の子どもを育てていたが、地方では、免許が
ないと通勤も限られる上、職種も制限される。
 いきなり暗闇に放り出されたようだった。
「なぜ私だけこんな目にあうのだろう」
 私は落ち込み、両親を恨んだ。
 しかし私はすぐに考え直した。きっとこれは、私に与えられ
た試練なのだ、と。
 それに私には、働ける健康、考えられる頭がある。それは何
よりも、生き抜くための大きな武器だ。失った物を数えず、自
分の持っている力に感謝しよう。
 それから私は毎日、自転車でどこへでも行く。事情を知らな
い人たちは、免許がないと知ると「こんな田舎で免許を持たな
いなんて!」と驚く。私は笑って話を合わせるだけだ。雨の日
は、心ない運転者に泥水を浴びせられる。
 だが、彼らが知らない世界を私は知っている。自転車だから
こそ、毎日少しずつ移り変わる風景を私は見、そして感じるこ
とができるのだ。芽吹いた樹木の香り、けたたましく降り注ぐ
蝉時雨、山の向こうに広がる夕焼け。
 免許の代わりに貰った、ひと時の感動を、私は今日も享受し
よう。