鹿児島県実行委員会会長賞
手じゃないけれど   佐々木 良子
 「ねえねえお母さん、今日の夕飯何?」。学校から戻ると、
決まって晩御飯のメニューを聞いてくる2人の息子たち。中学
3年生の長男に、小学6年生の次男とくれば、当然食べ盛である。ここまでは、ごく一般的な光景かもしれない。私が全身麻
痺のシングルマザーであることを除いては。
 10年前、不慮の事故から全身麻痺となった。長男4歳、次
男1歳のときだった。生死の境を一週間彷徨ったのち、奇跡的
に一命は取り留めたものの、立つことはおろか、自分でできる
ことは何一つ無い身体となった。食事も、トイレも、着替えさ
えも……。生きている意味が無かった。幼い子どもたちの世話
どころか、自分が生きるために人の手を借りなければならない。「助からなければよかった」。そんな身勝手なことばかり浮か
んでくる。それでも、「お母さん。ママ」そう呼んでくれる息
子たち。私は思った。泣いていてもご飯は出てこない。自分で
作ることはできなくても、私にはまだ『言葉』が残されていた。五感を総動員して言葉で伝えた。目分量だった調味料をしっか
り計り、リビングにIHの卓上コンロを持ってきた。車イスに
座れば、火加減くらい見ていられる。メソメソするよりずっと
いい。料理する『手』は、ヘルパーさんに借りても、言葉の1
つ1つに愛情込めて作った自慢の『おふくろの味』。何より、
息子たちの「おいしいね」と、ニコニコしながら食べてくれる
姿が、私に生きる力を与えてくれた。今では、中学3年生の長
男が毎朝自分でお弁当を作っている。私はベッドの上から、耳
で火加減をみて、調理の手順を言葉で伝える。長男の腕前も、
日に日に上達してきた。何より学校から戻ると、「お母さん、
今日のお弁当美味しかったよ」と言ってお弁当箱を流しにおく。私にとって最高に幸せな瞬間である。あのとき、諦めなくてよ
かった。生きていてよかった。
 これからも、もっともっと『言葉』にヨリをかけて、美味し
いご飯を作っていきたい。