文部科学大臣賞
一歩一歩の努力   江角 岳志
 「お子さんは、生涯自分の足で立つことも歩くこともできま
せん」と、医師から宣告されたのは、息子が生後6カ月のとき
でした。
 そして、その翌年には、妻が癌で亡くなってしまいました。
私は、亡くなった妻に向けて誓います。息子を必ず歩けるよう
にしてみせる、と。
 病院で行う機能回復訓練だけでは、とても足りないと感じ、
毎日の生活そのものを訓練の場へ変えていきました。
 試行錯誤、汗と涙の日々が続きます。
 その努力が実り、5歳のときに、息子は初めて自分の足で立ち、3歩歩きました。
 わずか3歩ですが、大きな3歩でした。
 しかし、9歳のときには、医師から、
「これ以上、歩行機能が回復する見込みはありません」と、再
び絶望の宣告を受けます。この頃の息子は、両手に杖を持って
100メートル、杖がなければ5、6メートルしか歩けませんでした。
 それでも、あきらめずに、さらに訓練の量を増やし、内容も
創意工夫して質を高めることに努めました。
 小学校の卒業式では、入退場も、卒業証書の授受も、息子は、杖を持たずに、すべて自力で歩き通すことができました。
 私は、上着のポケットからそっと出した妻の写真と共に、誇
り高い気持ちで、息子の晴れの姿を見守っていました。
 私たち親子は、自分の足で歩けるようになることに、強いこ
だわりを持ち、努力を続けてきました。その努力は、ほかのこ
とにも影響を及ぼし、勉学の上にも、自立心を育む上にも大き
くプラスに作用しました。
 志を立て、それを実現するためには、一日一日の、一歩一歩
の努力の積み重ね以外にないということを、私たち親子はこの
経験を通して、身を以て知り得ました。